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高松高等裁判所 昭和39年(う)248号 判決 1967年7月18日

被告人

山原健二郎 外六名

主文

検察官並びに被告人等の本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用のうち、証人東元善治郎、同古屋野富雄、同西山益子、同尾崎勇喜、同寺尾俊介、同高橋豊栄、同坂本昭、同平野日出男、同金子竜吉、同竹村昭三、同山崎孝秋に各支給した分は、被告人等の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に編綴してある高松高等検察庁検察官菅原次磨提出にかかる高知地方検察庁検察官斎藤正雄作成名義の控訴趣意書並びに弁護人古川毅作成名義、同佐々木哲蔵、同阿河準一、同小牧英夫同橋本敦連名作成名義及び被告人ら各作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は、右弁護人ら共同作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。

検察官の控訴趣意、事実誤認並びに法令適用違背の論旨について。

一、本件公訴事実中、監禁の点につき原判決が無罪とした部分に対する論旨について。

所論は、原判決は本件監禁に関する公訴事実中、高知県教育委員会(以下単に教委と略称する。)教育長中内力が、昭和三三年一一月三〇日午後六時四六分頃被告人等高知県教職員組合員(以下単に教組員と略称する。)に対し、教育委員室及び同庁舎内から全員退去の要求を発し、被告人等教組員がこれに応ぜず、教育委員室から中内教育長及び甲藤教育委員長等が退出するのを阻止しようとした頃より同教育長等が警察官によつて救出された同日午後八時頃までの間の事実のみについて監禁罪の成立を認め、同月二九日午後五時半頃より右退去要求が発せられた同月三〇日午後六時四六分頃に至るまでの間の事実については監禁罪の成立を認めるに足りる証拠がないとして、無罪の判定をしている。即ち、原判決は昭和三三年一一月二九日午後三時頃から始つた教組側と教委側との本件懲戒処分に関する折衝は、右の時点から翌三〇日午前一〇時頃までの間は、教組側の地方公務員法(以下地公法と略称する。)五五条による職員団体の交渉であり、それ以後同日午後六時四六分頃中内教育長から退去要求が発せられた頃までの状況は、もはや右の団体交渉と称し得る実体はなく、陳情もしくは公開大衆討議の状態になつていたものであるが、右退去要求がなされる頃までは、中内教育長及び甲藤教育委員長等教委側には、未だ真摯かつ強固な脱出意思はなく、真に脱出する意思があれば、外部との連絡は可能であつて警察官の出動を要請し得る態勢も準備されていたのであるから、外部の力を借りることも容易であつたのに、その措置に出ようとしなかつたもので、未だ脱出が著しく困難であると解される程の客観的状態にはなかつたこと、被告人はじめ教組員等の行動や発言に不穏当な点は認められるが違法であるとまではいえないし、また教委側が教育委員室から退出するのを阻止したことも、それは交渉の中断をおそれ、かつ要求を性急に妥結させようとしてなしたやむを得ない行動として理解できないものではなく、右は団体交渉に通常随伴する現象に多少の行過ぎがあつた程度であつて社会通念上容認されない程のものではないこと、これ等の諸点を考察すると、結局被告人等が教育長及び教育委員等の退去を不能もしくは著しく困難ならしめたと認めるに足らず、犯罪の証明がないことに帰するとしているのである。

しかし、右の如き原判決の事実の認定並びにその評価は明らかに誤つているものといわざるを得ない。即ち、(一)、教組側と教委側との間における本件懲戒処分に関する折衝は地公法五五条の職員団体の交渉に当るものではない。本件の交渉事項が地方公務員である教職員の懲戒処分に関するものであり、地公法上懲戒処分に関する事項は団体交渉の対象事項になり得ないものと解すべきことは原判決も認定しているとおりである。右の如く本来団体交渉の対象事項ではない事柄について、当局側がある程度の説明をし、あるいはそれについての要求を聴取したからといつて、直ちに右事項が団体交渉の対象事項となり団体交渉関係が生じたものと解すべき何等の理由もない。そして地公法五五条の職員団体の交渉と称しうるためには、その手続のうえにおいても、職員団体と地方公共団体の当局との間において、予め取り決めた人員、場所、時間の制約の下に行なわなければならないとされていることは、地公法五五条の規定及びそれに基づく高知県条例の規定により明らかであつて、右の方式に従つていないのみか多数の教組員が押しかけ騒然たる雰囲気のもとに行なわれた本件の折衝は到底団体交渉といいうるものではない。しかも中内教育長、甲藤教育委員長及び多田、井上、片岡各教育委員の証言等原審に顕出された各証拠によれば、教委側は教組側の団体交渉の要求に対し、懲戒処分は団体交渉の対象事項にならないとしてこれを拒否し、あくまでも被処分者名、処分理由等の説明にとどめる方針を堅持していたものであり、これに対して教組側は一方的に抗議あるいは要求を繰り返していたに過ぎないことが明らかであり、それは全く交渉と称しうるような形態及び内容を備えていたものではない。(二)、次に前示各証拠によると、教委側は一一月二九日午後五時半頃より以降終始強く教育委員室からの脱出を意図していたものであり、教組側と話合いを継続する意思は全くなかつたことが明らかである。それは、多田教育委員等教委側が中内教育長から退去要求が発せられるまでの間に数回に亘つて委員室からの退出を企図し、その都度被告人等教組員によつて阻止されていること、そしてその間の状況は教組側の一方的な追及あるいは要求の繰り返しに対して教委側は沈黙もしくは当初説明した処分理由の繰り返しを続けていたに過ぎないこと、教組側の強力な退室阻止態勢のため教委側は委員室から容易に退出することができず、脱出を図る方法について苦慮していたこと等に徴しても明らかである。(三)、そして、右の如く教組側が強力に教委側の退出を阻止していたこと及び前示各証拠によればその間における教組側の言動は脅迫的言辞を弄する等極めて不穏、険悪なものであり、また本件における大量の懲戒処分が、教組側において全県下に亘り組織を挙げて取り組んで来た勤務評定反対斗争の実施をその理由としているものであり、これに抗議するため委員室外にも相当数の教組員が参集しており、委員室内の状況と相俟つて教委側に与える精神的な圧力も尋常のものではなかつたことが明らかである。右の如き委員室内における教組側の退出阻止行為が教委側の退室を物理的に不能ならしめたのみでなく、委員室内外の極めて緊迫した状況は教委側の退室を精神的にも不能ならしめるに足りるものであつた。右の如き状況下においては、原判示の如く教委側で外部との連絡を計ることが可能であり、従つて外部の力を借りることが容易であつたとしても、脱出を図るためには警察力を借りる以外に方法のない実情であつたことが十分認められる。以上の如く、被告人等は多数の教組員とともに中内教育長及び甲藤教育委員長はじめ各委員等を教育委員室に留め置き同室から脱出することを不能ならしめたことは明らかであり、被告人等の行為はその態様に照らして社会通念上もはや許容し得る限度を超えているものであつて、違法性を阻却されるべきものではなく、優に監禁罪に該当すると認められるのに、原判決が監禁罪の成立を否定したのは事実を誤認し、あるいはその評価を誤り、ひいては法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

そこで、所論に鑑み、まず本件における被告人等教組側の教委側に対する接衝が、地公法上の職員団体の交渉として行なわれたものといいうるかどうかについて考察する。

原判決が本件発生に至る経過と題して認定している事実に関する各証拠によれば、本件の交渉事項は、高知県教育委員会が県下の高、中、小学校長及び安芸高校教職員等四五五名に対して地公法二九条に基づいてなした停職、減給、戒告等の懲戒処分に関するものであつたことが認められる。そこで懲戒処分が地公法五五条に規定する職員団体の交渉事項に該当するかどうかについて考えて見るのに、地方公務員は国家公務員と等しく公務員として全体の奉仕者、即ち地方住民全体に奉仕する者であつて、一般の私企業の労働者と異り憲法二八条に保障する団体交渉その他の団体行動をする権利についても、公共の福祉のために制限を受け、争議行為が禁止され、団体協約を締結する権利を認められていない等国家公務員と同様の規制を受けており、従つてその団体交渉権も国家公務員のそれと同様の性質を帯びているものと解されるところ、国家公務員については人事院規則一四―〇「交渉の手続」一項二号により懲戒に関する事項は交渉事項から除外されていること、懲戒事項は地公法二九条によつて規制されており、懲戒処分については人事委員会に審査請求をして不利益な処分の救済を求め得る制度が設けられていること、そして地公法上の団体交渉と本質的に異なる労働組合法上の団体交渉権を付与されている地方公営企業の地方公務員については地方公営企業労働関係法七条に規定されている如く懲戒事項の基準が団体交渉事項とされているが、その具体的な懲戒処分については地公法上の不利益救済制度は認められず、団体交渉によつて解決する途が開かれていること等を考察すると、原判決が説示している如く地方公務員に関しては前記の国家公務員に関する人事院規則一四―〇「交渉の手続」一項二号のような規定は存しないけれども、やはり懲戒処分に関する事項は地公法上の職員団体の交渉についてもその対象事項にはならないものと解せざるを得ない。

しかし、原判決挙示の前示各証拠によると、甲藤教育委員長、多田、井上、片岡、長谷川の各委員及び中内教育長等は、本件懲戒処分が前示の如く四五五名にも及ぶ大量の処分であり、その処分の内容も停職という相当重い処分をも含んでいたものであることから、教組側の要求があれば交渉を持たなければならないという気持を持つていたので、県教組側の東元委員長及び被告人山原副委員長等から、処分の内容等について説明を求められたのに対し、これに応じて順次交渉の段階に入つていつたことが認められる。

およそ地公法上の職員団体については、前示の如く地方公務員は地方住民全体の奉仕者として、その使用者である住民との間に信託奉仕の関係に立つているという特殊性から、地公法五八条に規定されている如く労働組合法の適用が排除され、争議行為は禁止され、団体協約の締結の権利も認められず、また原判決説示の如く労働組合法一条二項の適用ないし準用もなく従つて労働組合法において認められているような団体交渉権を有するものではないと解されていることから、地公法上の職員団体交渉権というのは、団体としてその代表者を通じて苦情、意見、希望、不満を表明し、かつこれについて十分な話合いをなし、証拠を提出することができるという意味において、地方公共団体の当局と交渉する自由というのに等しいものであつて、実質的懇談ともいうべき交渉をするについての権利と解されている。そこで右の如き性質の交渉を職員団体が要求した場合にこれに応じて当局が話合いを持つ以上やはりそれは団体交渉と称し得るものであり、本件においても前示認定の如く、教組側の要求に応じて教委側が本件懲戒処分に関する話合いを持つた場合には右懲戒事項は交渉の対象になるものと認めるのが相当である。それは懲戒処分は所謂覊束裁量による行政処分として、その処分の決定権限を有する処分庁自体において、その取消変更をすることは一般には許されないものであるが、法令の解釈適用を誤つた場合、重大な事実誤認があつてそれが処分後明らかになつた場合、著しく客観的妥当性を欠き明らかに条理に反している場合等特別の事情がある場合には、懲戒権者は自らこれを取消変更し得るものと解されるところ、職員団体から右の如き意見、苦情、不満等が開陳され、証拠が提出されることによつて右の特別事情が存するものとして、処分権者がその処分を再考する場合があり得ることに徴しても、右の範囲において懲戒事項も交渉の対象になるものと解するのが妥当である。また右交渉が所論の如き条例所定の手続を履践していないことは明らかであるが、しかし教委側においても別段の異議もなく交渉に応じている以上右の手続違背があるからといつて団体交渉には該らないと解すべきものではない。

所論は、本件における教組側と教委側との折衝は、教組側の一方的な抗議あるいは要求に終始していたものであつて、そこには交渉とか話合いとかの実態を備えていたものとは到底思料されないというのであるが、原判決が証拠により本件発生に至る経過として認定している各事実によれば、一一月二九日午後三時頃より始つた交渉の過程において、被告人等教組員が、時に激昂して教委側を難詰し、攻撃的言辞を弄して悪罵する等騒然たる雰囲気となることもあり、団体交渉としては不穏当な言動であるとの誹を免れないものがあつたことは否定できないがそれは原判決も説示している如く、本件懲戒処分は、当時勤評阻止について激しい斗争を展開していた県教組が、その組織を挙げて全県下にわたる大規模な一斉休暇斗争を実施したことについて、教育委員会が四五五名にも及ぶ大量の教職員に対してなした処分であつたことから、これを弾圧と受け取つた教組側としては苦情、不満を訴える等抗議的な交渉とならざるを得ない雰囲気にあつたもので、このような団体交渉の場においては、右の如き不穏当な言動に及ぶことも、通常生じ易いことであり、それが到底許容し得ない程度のものであるとまでは認められない。そして右の如き状況にあつたとはいえ、一一月三〇日午前一〇時頃県教組の執行部が教委側との間に翌一二月一日午後一時から交渉を再開する旨を取り決めて、一旦交渉を打切るまでの間は、右執行部により一応統一された組織的な交渉をしていたもので、団体交渉の形態及び内容を備えていたものと認められる。そして、右の一一月三〇日午前一〇時頃までの経過において被告人等教組員が多田、片岡教育委員等教委側が委員室から退出しようとするのを阻止したこと、片岡委員や井上学校管理課長が用便に赴いた際、教組員等がこれに附添つて監視したこと、その他原判示の如き常軌を逸した措置として非難されてもやむを得ないような点があつたことが認められるけれども、それは教委側において、交渉を同意なく中断したりする等のことがあつたため、被告人等教組員が、交渉を中断されることを虞れ、また性急に交渉を妥結させようとしてなしたもので、違法もしくは著しく不当なものであるとまでは認め難い。

そして一一月三〇日午前一〇時頃までの状況は、前示認定の如く団体交渉といい得るものではあつたが、そこで一旦交渉を打切つた後、更に被告人山原から安芸高校教職員の処分に関して、被処分者である尾崎、西内両教諭等も来ているから、同人等の要望を聞いて欲しい旨を申入れ、教委側がそれは既に前日来の交渉において論じられてきたことであり、安芸高校関係の処分も含めて、全処分に関して翌一二月一日に交渉を再開することで本日の交渉は一旦打切る旨の取り決めがなされたのたから、もはや交渉を続行することには応じないとして強く右の要望を拒否する態度を示していたのにかかわらず、これを聞き入れようとしなかつたこと、そして被告人山原等教組側の代表である執行部の委員が退出してからは世話役として被告人藤本、同上田が残つていただけで、それ以後は話合いの主体は一定せず、尾崎、西内等の被処分者グループを中心とし、その他安芸高校生徒、七者共斗会議に属する労組員高知市校長会員等が順次委員室に押しかけて入り替り、それぞれ処分の不当性を詰り、或は処分の撤回、延期を要求する等、陳情とも抗議とも交渉とも判然としないような状況となり、もはやそこには団体交渉と認め得る統一的、組織的な交渉主体はなく、公開大衆討議とでも称し得るような騒然たる状態が、中内教育長から退去要求が発せられるまで続いていたことが認められる。

所論は、一一月二九日午後五時半頃から翌三〇日午後六時四六分頃右退去要求が発せられるまでの間、中内教育長及び甲藤教育委員長等教委側は終始委員室から被告人等教組員の抵抗を排除して退出することを強く意図していたが被告人等は委員室内に居た教組員のみならず、同室外にも居た多数の教組員等とも、相互に一体となつて教委側の退出を強力に阻止していたため、教委側が脱出を図ることは不能もしくは著しく困難な状態にあつたものであるというのであるが、前示各証拠によると、教育委員の中には、交渉を早く打切つて退出したい気持があつて、教組員等の反対を押切つても機会があれば退出しようとして数回に亘り、退出を企図したことが認められるけれども、交渉の中心となつていた中内教育長は、事態が紛糾するのを極力避けようと努力し、被告人等教組側の主張を聞くことによつてその場の空気を和らげ円満に交渉を中止しようとする意図を抱いていたこと、それで甲藤教育委員長及び各教育委員等も、結局は中内教育長の意向に従い、一一月三〇日午前一〇時以降のもはや団体交渉と称し得ない事態の中でも、とにかく同日午後六時四六分頃中内教育長が退去要求を発するまでは、被告人等教組員更には安芸高校教職員等の交渉あるいは陳情等をあくまでも拒否し、場合によつては警察官の出動を要請してでも退出を図ろうとするまでの意思はなく、不本意ながらも交渉を継続し、また陳情を聴取していたものであることが認められる。また委員室と外部との連絡状況も、当時委員室には電話があつて外部との連絡も可能であり、更に中谷秘書が外部との連絡のため屡々委員室に出入し、委員会事務局職員も相当数事務室等に待機しており、時折連絡のため委員室に入室していたこと、一方警察においても、情報収集のため警察官を派遣し、あるいは教育委員会庁舎の外部で事態を見守らせ、同庁舎の南側道路を隔てた検察庁にも連絡係を配置し、一一月三〇日昼頃には中谷秘書から委員室内の状況報告を受けたりして警備措置を講じていたことが認められるのであつて、右各事実に徴すれば、中内教育長等教委側に、あくまでも教組側の抵抗を排除して脱出を図ろうとする真摯かつ強固な意思があれば、外部との連絡は可能であり、外部の力を借りて脱出することも容易であつて、未だ脱出を著しく困難ならしめる程の客観的な状態にまでは立ち至つていなかつたものと認められる。以上要するに本件公訴事実中の監禁の点に関し、一一月二九日午後五時半頃から、翌三〇日午後六時四六分頃退去要求が発せられた頃までの事実につき、結局監禁罪が成立すると認めるに足りる証拠がなく、その証明がないものとして無罪の判断をした原判決は正当であつて、所論の如く事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤つたものとは認められない。原審において取調べた全証拠並びに当審における事実取調の結果に徴するも、未だ右認定を動かすに足りるものは存しない。

よつて、本論旨は理由がないので、採用することはできない。

二、本件公訴事実中、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の事実に対する事実誤認の論旨について。

(一)  暴行の点に関する論旨について

所論は、被告人等は、多田、長谷川、片岡教育委員等が数回に亘り教育委員室から退出しようとしたのに対し、同室にいた教組員等と腕を組合せ人垣をつくつてこれを阻止し、退出しようとする同委員等に体当りして暴行を加えたとの公訴事実につき、原判決はこれを確認するに足りる証拠がないとして、無罪の判断をしているが、原審で取調べた証人多田健二郎、同片岡一亀等の各供述等によれば、右公訴事実は肯認し得るものというべきである。従つて原判決は明らかに事実を誤認したものであるというのである。

よつて考察すると、原判決挙示の各証拠によれば、多田、長谷川、片岡教育委員等が教育委員室から退出しようとするのに対し被告人等教組員が腕を組んで人垣をつくり、所謂スクラムによつて、その退出を阻止したことは明らかであるが、原審証人多田健二郎の供述によるも、その際ただ押し合いをした程度に過ぎなかつたことが認められ、その他の証拠によるも被告人等教組員が積極的に退出しようとする多田、片岡委員等を突き飛ばしたり等した事実があつたとは認められない。従つて被告人等教組員はスクラムを組んで消極的に退出を阻止する態勢をとつていたのに止まるもので、積極的に体当りをする等の暴行を加えた事実はなかつたものと認めるのが相当である。よつて右公訴事実はこれを確認するに足りる証拠がないものというべく、これと同旨の見解に基づき右公訴事実の証明がないものと判定した原判決は正当であつて、所論の如き事実誤認が存するものとは認められない。原審で取調べた全証拠並びに当審における事実取調の結果に徴するも、未だ右認定を動かすに足りるものは存しない。論旨は理由がない。

(二)  脅迫の点に関する論旨について。

所論は、中内教育長の要請により出動した中沢署長の指揮する警察官が、教育委員会庁舎内に入室してきた頃、被告人山原が中内教育長等に対し「血の雨が降つてもよいか」等と発言し、もつて多衆の威力を示して脅迫した旨の公訴事実につき、原判決はその証明がないものとして無罪の判定をしているが、右公訴事実は原審で取調べた証人甲藤義治、同中内力、同井上重陽等の各供述等によつて肯認できるのにかかわらず、これを容認しなかつたのは、明らかに事実を誤認しているというのである。

よつて、考察して見るのに、原判決挙示の各証拠によれば、中沢署長の指揮する警察官が教育委員会庁舎内に入つてきた頃、被告人山原が中内教育長等に「団交打切をするから出て来い、さもないと血の雨が降つてもよいか」という趣旨の発言をしたことは認められる。しかしそれが右公訴事実の如く、多衆の威力を示して脅迫し、更には中内教育長等を監禁する手段としてなされたものとは認め難い。右発言は原判決が判定している如く交渉打切のための警告であつて、それが中内教育長等の身体等に危害を加える意図をもつていたものとは認め難い。よつて右公訴事実につき、その証明がないものと認定した原判決は正当であつて、所論の如き事実誤認が存するものとは認められない。原審で取調べた全証拠並びに当審における事実取調の結果に徴するも、右認定を動かすに足りるものは存しない。論旨は理由がない。

弁護人及び被告人の控訴趣意について。

一、原判決には審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある旨の論旨について。

弁護人古川毅提出の控訴趣意書第一の論旨及び弁護人阿河準一提出の控訴趣意書第一の(一)の論旨は、要するに原判決は本件公訴事実中原判示の退去要求がなされた以後の部分につき被告人等に対して監禁及び不退去罪の成立を認定し、それ以前の部分については無罪としているが、右は原判示認定の如く量的に可分なものではなく、質的に同一体をなしているものであるから、原判決が退去要求以前の部分については無罪としながら、これと不可分一体をなしている退去要求以後の部分についてのみ有罪の認定をしているのは明らかに審理権の限界を逸脱しているものであるというのである。

しかし、本件公訴事実と原判示認定事実とを対比して考察すれば明らかな如く、右公訴事実が昭和三三年一一月二九日午後五時三〇分頃より翌一一月三〇日午後八時頃までの被告人等の継続した一連の所為を監禁罪等に該当するとしているのに対して、原判決が、右監禁罪等が成立するのは一一月三〇日午後六時四六分頃退去要求がなされた時点以後であると認定しているのは、一連の継続した所為につき、犯罪成立時点の認定を公訴事実と異にしているのに過ぎないのであつて、それが量的に可分なものであることは明らかであり、所論の如く原判決の認定が審理権の限界を逸脱したものであるとは到底首肯されない。

論旨は理由がない。

二、原判決には理由不備乃至理由齟齬の違法がある旨の論旨について。

(一)  弁護人阿河準一提出の控訴趣意書第一の(二)の論旨について。

所論は、原判決は中内教育長から被告人等教組員に対し退去要求がなされた時から直ちに監禁及び不退去罪が成立するものと認定しているが、退去要求がなされてもそれによつて直ちに監禁及び不退去罪が成立するものではなく、退去要求が相手方に予知され更に一定の時間的猶予が当然考慮せられるべきであるのにかかわらず、この点についての説示を欠いている原判決には、明らかに理由不備の違法があるというのである。

しかし、原判決書を検討すれば明らかな如く、原判決は中内教育長が退去要求をした時から直ちに監禁及び不退去罪が成立すると判示しているのではなく、右退去要求が被告人等教組員に告知されても、全くこれに応じようとせず、かつ中内教育長及び甲藤教育委員長等が教育委員室から退去するのを阻止しようと共謀した時から監禁及び不退去罪が成立する旨を判示しており、右の如く当初から全く退去しようとしない態度を明示している場合に、一定の時間的猶予を考慮する必要のないことも明らかであるから、原判決に所論の如き理由不備があるものとは到底認められない。論旨は理由がない。

(二)  弁護人阿河準一提出の控訴趣意書第一の(三)の論旨及び弁護人古川毅提出の控訴趣意書第二の論旨について。

所論は、本件公訴事実中右の退去要求がなされる以前については監禁罪の成立を否定しておりながら、右退去要求があつた以後については監禁罪の成立を認定しているが、その間に何等事情の変更がないのにかかわらず、どのように事態が変化したのかを説示しないで漫然と監禁罪の成立を容認しているのは、明らかに理由が齟齬しており、かつ理由不備の誹を免れないものであるというのである。

しかし、原判決書を検討すれば明らかな如く、原判決は、右の退去要求がなされたのは、中内教育長及び甲藤教育委員長等が被告人等県教組員の抵抗をあくまでも排除して教育委員室から退出しようとする強固な意思を抱いたことに因るものであり、これに対して被告人等教組員がその退出を阻止しようとして原判示の如き行動を取り、中内教育長等の脱出を著しく困難にしたものであること、そして中内教育長の要請により出動した警察官が実力行使を始めたことにより始めて被告人等教組員が抵抗を断念して退去したので、中内教育長等が漸く行動の自由を得るに至つたものであることが判示されているのであつて、右退去要求以前とはその事態を異にしている旨が説示されていることが明らかである。従つて原判決に所論の如き理由齟齬乃至理由不備の違法があるものとは到底認められない。論旨は理由がない。

(三)  弁護人阿河準一提出の控訴趣意書第一の(四)の論旨について。

所論は、原判決は監禁及び不退去罪の成立を認めている事実として、中内教育長の出動要請によつて警察官が馳けつけたとのみ判示して、何時頃警察官が出動して来たかを明示していないか、少くとも警察官が出動して来た以後はもはや監禁の状態を脱していたものというべきであるから、右警察官出動の時期を明示していない原判決は、理由不備の違法があるというのである。

しかし、原判決書によれば、原判決は警察官が教育委員会庁舎に出動して来て、同庁舎内にいる被告人等教組員に対し、退去を勧告したのにこれに応じないで、やむなく実力行使を始めたところ、被告人等教組員が抵抗を断念して退去を始めたこと、そして右の退去を始める頃までの間は、監禁状態が継続していたものと認定していることが明らかである、従つて警察官が出動して来た時期については、それが犯罪の成否に直接関係するものでないことが明らかであるから、これを明示する必要はないものというべきである。

よつて、原判決に所論の如き理由不備があるものとは到底認められないので、本論旨も採用できない。

(四)  弁護人橋本敦提出の控訴趣意書第三の記載中、原判決は、中内教育長から教育委員会事務局取締規則にもとづいて退去要求が発せられ、被告人等教組員は右退去要求に応じて退去すべきであつた旨を判示しているが果して右退去要求が右規則に基くものとして正当かつ有効なものであるかどうかの点につき何等明示していないのは、理由不備の違法がある旨の論旨について。

しかし、右退去要求が正当かつ有効なものであることは、右中内教育長が教育委員会庁舎の管理権者であつて、その管理権に基いて発せられたものであることを判示すれば足り、それで必要かつ十分であると解されるところ、右中内力が教育長であり、教育長が教育委員会庁舎の管理権者であることは、原審及び当審における証人中内力の証言並びに当審で取調べた高知県有財産及び営造物に関する条例及び高知県有財産事務取扱規則により明らかであるから、右中内力が教育長として右退去要求を発したものである旨を原判決が判示している以上右退去要求が正当かつ有効なものであることを判示していることは明らかであつて、所論の如き理由不備が存するものとは認められない。本論旨は理由がない。

(五)  弁護人阿河準一提出の控訴趣意書第一の(五)、弁護人橋本敦提出の控訴趣意書第三及び被告人島内一夫提出の控訴趣意書に各記載の、原判決は原判示監禁及び不退去の所為について、被告人等の罪責を認定するにつき、被告人等は教育委員会室及び同庁舎内にいた教組員数十名と共謀しと判示しているのみで、その共謀の具体的な内容、また被告人等の具体的な行動について何等認定していないのは、明らかに理由不備の違法があるというのである。

しかし、共謀の事実が証拠によつて認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、その内容の詳細更には共謀者のうち何人がいかなる行為をしたかまで具体的に逐一認定判示しなくても有罪判決の理由として不備であるとはいえないものと解されるところ、原判決書を検討すれば、原判決挙示の証拠により被告人等の共謀の事実が優に認定され、従つて右共謀の判示としては原判示の程度で必要かつ十分であるというべきであるから、本論旨も理由のないものといわざるを得ない。

(六)  弁護人佐々木哲蔵提出の控訴趣意書第二の三の論旨について。

所論は要するに、原判決には、判決に理由を附せざる違法があり、従つて憲法三一条に違反しているものであるというのである。

しかし、刑訴法三三五条の規定によれば、有罪の言い渡しをするには、裁判の厳格な理由づけとして罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならないものとされているが、証拠は単にその標目を挙げるをもつて足り、所論の如くどのような証拠によつてどのような事実を認定したかを具体的に説明すること、即ち証拠の取捨選択の理由を示し、証拠の内容について逐一説明することを要するものではない。刑訴法四四条によれば、裁判には理由を附しなければならないことになつているが、有罪の判決において厳格な理由づけとして右の刑訴法三三五条の要件を満たしている場合は、それが刑訴法四四条の裁判に理由を附したことになるから、原判決には何等所論の如き違法は認められず、また憲法三一条に違反する旨の論旨もその前提を欠き失当たるを免れない。論旨は理由がない。

三、事実誤認の論旨について。

弁護人佐々木哲蔵提出の控訴趣意書第一、第二の一、二弁護人阿河準一提出の控訴趣意書第一の(五)、弁護人小牧英夫提出の控訴趣意書、弁護人橋本敦提出の控訴趣意書、弁護人古川毅提出の控訴趣意書第三及び被告人山原健二郎、同石川愛子、同島内一夫、同藤本幹吉、同上田栄蔵、同叶岡哲提出の各控訴趣意書の各論旨。

(一)  本件監禁の所為に関する論旨について。

所論は、被告人等には原判示認定の如き監禁の犯意はなく、もとより前示退去要求がなされた当時教育委員室及び同庁舎内にいた教組員等と、委員室内から中内教育長及び甲藤教育委員長等が退出するのを阻止し、同人等を監禁しようと共謀したこともない。また原判示の如く被告人等が教組員等とともにスクラムを組んで中内教育長及び甲藤教育委員長等の退出を阻止し、更には警察官の出動要請をしたのに対して床に坐りこむ等してあくまでも抵抗する態度を示し、もつて中内教育長及び甲藤教育委員長等が教育委員室内から脱出するのを困難ならしめて監禁した事実もない。被告人等が右の如き退室阻止行為に及んたことがないばかりか、中内教育長及び甲藤教育委員長は右退出要求をなした以後、そもそも退室しようとする意思はなかつたのであり、また退去要求をした頃から既に警察官の出動要請の準備を予めしていたこと及び中内教育長及び甲藤教育委員長等が脱出しようとすれば、被告人等及び教組員等が暴力を行使してでも阻止するため生命、身体に危害を加えられる危険があり、どうしても警察官の出動が必要であるというような情勢ではなく、従つて客観的にも脱出が困難であるというような状況は全くなかつたものである。原判示認定にそう中内教育長甲藤教育委員長その他各教育委員及び教育委員会事務局職員等の原審公判廷における各供述は、未だ信用するに足りないものであつて、他に原判示事実を認定するに足りる証拠は存しない。よつて原判決は明らかに事実を誤認したものであるというのである。

しかし、右の中内教育長及び甲藤教育委員長及び多田、井上、片岡の各教育委員、西村教育次長、井上学校管理課長その他の教育委員会事務局職員の原審公判廷における各供述は、その供述内容を考察すれば十分信用するに価するものであり、右各証拠並びにその他の原判決挙示の各証拠を綜合すると原判示事実は優に肯認することができる。即ち右各証拠によれば被告人等はいずれも教組員であり、とくに被告人山原は副委員長として幹部の立場にあつたもので、被告人等は当時教育委員室及び同庁舎内にいた教組員等とともに幹部の指示のもとに一体となつて統一的に行動していたものであつて、右の退去要求を受けるや幹部の統率のもとに被告人等は教組員等数十名と相互に意思を通じ、一体となつて、右退去に応ぜず、中内教育長及び甲藤教育委員長等の退出を阻止しようと共謀し、原判示の如き退室阻止行為に出たものであること、中内教育長及び甲藤教育委員長等は右退去要求を発したときは、被告人等教組員の抵抗を排除してあくまでも脱出を図ろうとする強固な意思を抱いていたものであり、被告人等教組員が退出要求に応ぜず、退出を阻止する行動に出るため、これを除去するにはもはや警察官の出動を要請する以外に方法がなかつたので、やむを得ずその措置に出たものであること、そして警察官が教育委員会庁舎に到着してからも、直ちに実力行使に訴えず、再三に亘り教育委員会庁舎から退去を勧告したのにかかわらず、なおも抵抗する態度を示して右の勧告に応じようとしないため、警察官が実力行使を始めたところ、被告人等も抵抗を断念して退去を始めたので、中内教育長及び甲藤委員長等は警察官に救出され、漸く行動の自由を得たことがそれぞれ認められるのであつて、被告人等の所為は監禁罪に該当するものと断定せざるを得ない。原審において取調べた全証拠並びに当審における事実取調の結果に徴するも右認定を動かすに足りるものは存しない。

よつて、原判決に所論の如き事実誤認は存しないものと認められるので、本論旨は採用できない。

(二)  本件不退去の所為に関する論旨について。

所論は、原判示の中内教育長の退去要求があつてから警察官の実力行使が始まり、被告人等が教育委員会庁舎から引揚げるまでの間、被告人等が教育委員室及び同庁舎内から退去しなかつたことをもつて、直ちに不退去罪に該当するものと認定しているのは事実を誤認したものである。即ち右事実誤認は、中内教育長の退去要求が正当なものであり、被告人等がこれに応じないで退去しようとしなかつたことは全く不当な所為であつて何等許容されるべき点はなく、また警察官が出動し、退去勧告を行なつたのに対し、あくまでも抵抗して退去しようとしなかつたことも、これを許容すべき何等の理由がないとする判断を前提としていることに基づくものである。

それは、先ず中内教育長が発した右退去要求が、被告人等教組側の正当かつ理由のある交渉要求に対して、教委側が権力的に一方的な交渉打切りを策してなされた不法かつ不当なものであることに照らしても明らかである。即ち原判示の如く一一月二九日午後三時頃から続けられていた教組執行部と教委側との団体交渉は翌三〇日午前一〇時頃に一旦打切られ、翌一二月一日午後一時から交渉を再開して続行することが取り決められたのは明らかである。しかし三〇日午前一〇時頃からは教組執行部の斡旋に基づいて教組安芸高校分会と教委側との間で、安芸高校教職員に対する懲戒処分についての団体交渉をすることとなり、教委側もこれに応じて交渉が進められていたのである。そして右交渉は尾崎、西内両教諭に対する停職処分の延期もしくは留保ということから、更には翌一二月一日に教組執行部との間で右の処分をも含めた県下高、中、小学校校長及び職員に対する全ての懲戒処分について再交渉することになつているのに鑑み、同日までの一日だけの処分の延期、留保を考慮されたいということになり、更に処分の延期、留保が難しいのであればせめて同日尾崎、西内両教諭が事務の引継ぎその他のために登校することの承認を得たいということに焦点かしぼられ、交渉はもはや最終段階に到達していたのである。それを教委側が右の要求に対して誠意をもつて交渉しようとせず、一方的に交渉打切りを図ろうとして退去要求を発するに至つたのである。右の如き不誠実な教委側の態度に対して被告人等教組員が交渉継続を強く要請し、再考を促して説得するために、直ちに退去しようとする態度に出なかつたこと、また教委側の要請によつて警察官が出動してきたことに対して、被告人等教組員が団体交渉の場に警察官を導入することに抗議して、これに抵抗する態度をとり、交渉継続を要請して退去しようとしなかつたことも、いずれもそれが本件における如く相当の程度及び時間内の行動である限り、被告人等職員団体の活動として、当然許容されるべきことである。しかるに、原判決が右の点に関する判断を誤りその結果被告人等の右の所為を不退去罪に該当すると認定したのは、明らかに事実を誤認したものであるというのである。

そこで考察して見るに、一一月三〇日午前一〇時以降の状況は、教委側との間における話合いの主体は一定せず、かつ安芸高校教職員に対する懲戒処分を不当だとなじり、或は右処分の撤回延期を求めて、交渉であるのか、或は陳情か、それとも抗議に過ぎないのか、いずれとも判然としないような騒然たる状態が続いていたものであることは、已に検察官の論旨に対する説示部分に認定したとおりである。従つて所論の如く三〇日午前一〇時以降は教組執行部の斡旋のもとに安芸高校分会と教委側との間で団体交渉が進められていたものとは到底認められない。そして原判決挙示の各証拠によれば、右の安芸高校教職員に対する懲戒処分に関しては、一一月二九日夕刻から教組執行部と教委側との間において、交渉議題として論じられてきたものであり、右の議題も含めて、すべての懲戒処分に関して翌一二月一日午後一時から再交渉する旨の取り決めがなされて一旦交渉が打切られたことが明らかである。従つて右の如き取り決めがなされた以上、教委側がもはや一一月三〇日における話合いの継続を打切るべきことを要請しているのに対し、被告人等教組員も右の取り決めに従つて、翌一二月一日の再交渉に俟つこととして右の要請を承認するのが信義則上からも当然の措置であるのにかかわらず、執拗に問題を再撚し、遂には教委側が退去要求をしたのに対しても、これを拒否して、あくまでも前示尾崎、西内両教諭に関する処分の延期等を要求することは、それが仮りに職員団体の活動であるとしても、もはや許容し得る限界を逸脱していたものといわざるを得ない。なお、所論の右尾崎、西内両教諭が事務引き継ぎ等のため一日登校することの承認を求めるというのは、その事柄の性質上とくに教育委員会の公的な承認を求める必要性があつたものとは思料し難く、その実質は要するに処分の延期を承認させようという意図であり、教委側も右の如き意図であることを察知して、右承認の要求について確答を与えなかつたものと認められる。そして、右各証拠によれば、被告人等は教育委員室及び同庁舎内にいた教組員等と相互に意思を相通じ一体となつて右退去要求に応ぜず、遂に警察官が出動して実力行使を始めるまで退去しようとしなかつたことが認められるのであつて、右の如き被告人等の所為が所論の如く職員団体の活動として当然許容されるべき範囲内のものであることは、到底首肯されない。従つて、原判決が不退去罪の成立を認定したのは正当であり、所論の如き事実誤認が存するものとは認められない。論旨は理由がない。

四、本件監禁及び不退去の所為は、正当行為として違法性を阻却する旨の論旨について。

弁護人佐々木哲蔵提出の控訴趣意書第三及び弁護人橋本敦提出の控訴趣意書の各論旨の主張するところは、要するに原判示の被告人等の本件所為は、地方公務員法上の職員団体の活動としてなされたものであり、その目的、手段、方法において右活動の正当な範囲内の行為であつて、正当行為として違法性がないものであるのにかかわらず、原判決が監禁及び不退去罪の成立を認定しているのは、右の正当性に関する事実を誤認し、かつ法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

しかし、被告人等の本件所為は前示認定に照らして明らかな如く、その態様において社会的妥当性を欠き、もはや社会通念上許容されるべき限界を超えているものであつて、所謂正当行為として違法性を阻却され得るものではないといわざるを得ない。

従つて、原判決に所論の如き事実誤認、法令適用の誤りはないものと解されるので、本論旨も採用できない。

五、法令適用違背の論旨について

弁護人佐々木哲蔵提出の控訴趣意書第二の四及び弁護人阿河準一提出の控訴趣意書第一の(五)記載の各論旨は、原判決が原判示認定の被告人等の本件所為につき監禁罪の成立と併せて不退去罪の成立を認定しているのは、明らかに法令の解釈適用を誤つたものである。即ち右所為については監禁罪が成立する以上不退去罪が成立する余地はないというのである。

しかし、原判示認定の被告人等の本件不退去の所為が、同時に本件監禁の所為にも該当するものであつて、右は原判示の如く一所為数法の関係にあるものというべきであるから、これに対して刑法五四条一項前段を適用処断している原判決の法令の適用は正当であつて、所論の如くその解釈適用を誤つているものとは認められない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意、量刑不当の論旨について。

所論の量刑過軽の論旨に鑑み、記録を精査し当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、被告人等が本件監禁及び不退去の所為に及んだ経緯、動機並びにその態様、その他被告人等の経歴等記録に現われた諸般の情状を綜合して考察すると、所論の如く原審の量刑が著しく軽きに失した不当なものであるとは認められないので、本論旨は採用できない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。

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